【軽井沢人物語】サロン・ド・ヴェール主宰 若林みどり さん(元宝塚歌劇団 白馬麗さん)
音楽や演劇を身近に 念願だったサロンを初開催
小学2年のとき、母に連れられて観た宝塚歌劇団の公演に魅了された。その後、他の舞台にも足を運んだが、心に強く残ったのは宝塚だった。
「団員が去って行く幕の向こう側はどうなっているんだろう、行ってみたいと思ったんです。当時、月組の3〜4番手だった大地真央さんに憧れて、自分で考えた芸名を筆箱や下敷きに書いていました」
両親との「一回限り」という約束で、15歳のとき受けた宝塚音楽学校に合格。長野市の実家を離れ、規律重視の寮生活へ。厳しい稽古と上下関係に、泣きながら家に電話する日々。
「『そんなに辛いなら家族で宝塚に引っ越す』という母の言葉にはっとして、心を入れ替えました。それからは一切泣いて電話しなかったですね」
卒業後、月組への配属が決まると「真央さんと同じステージに立てる」と歓喜した。奇しくも大地さん退団公演の年だった。
「娘役のトップは黒木瞳さんで、2人が別世界のお人形みたいでした。同じ舞台に立てただけで、感無量でしたね」
宝塚歌劇団退団後は女優、モデルとして活動。長野オリンピックを機に故郷へ戻ってORTO(オリンピック放送機構)に関わったのち、県内民放テレビ番組のMC、レポーターなども経験した。
「どこの現場へ行っても、ちょっとのトラブルでは動じなくなりました。宝塚で過ごした7年間の賜物です」
結婚を機に2001年、軽井沢へ移住。夫と2人の息子と暮らす。旧軽井沢銀座でヴィンテージスワロフスキーと創作ジュエリーの店を営む。
「子どもが生まれてからは、新しいコミュニティーが次々にできて、生活がガラリと変わりました。旧軽に出店するときも、みなさんウェルカムで、温かく迎え入れてくれて感謝しています」
音楽や演劇などを楽しむサロンを昨年12月初開催。同期の宝塚OGや、地元の音楽家らが出演し、食事とショーを50人が楽しんだ。
「女性1人でもふらっと行って気分転換できる場を作りたいと、ずっと思っていました。今は制限もありますが、ゆくゆくはグラスをもったまま自由に動き回って交流できる、社交場にしたいですね」。
次回は6月、バラをテーマにした選曲によるサロンを企画している。