【軽井沢人物語】バカラ パシフィック取締役会長 小川 博 さん
クリスタルとともにある「歓びのかたち」伝え続け38年
1983年、クリスタルのラグジュアリーブランド「バカラ」の日本法人「バカラ パシフィック」の設立に参加。代表取締役社長を経て、2018年から現職に。設立当時は知名度も低く、売り上げゼロの日が続いたことも。それでも一貫してバカラの歴史的、芸術的価値を伝え続けた。
「1764年から続く、仏・バカラ村の職人の技術や魂を伝えるのが私の役割。バカラは単なるクリスタルの塊ではなく『歓びのかたち』。人生のあらゆる大切なひとときにかたわらに置いて頂こうと、アイデンティティを確立してきました」
1998〜99年、国内4美術館で開いた世界最大規模のバカラ展は23万人を動員。時を同じくして、日本は最大のマーケットになり、今も全世界の売り上げの約35%を占める。
「"modernity with roots"(ルーツのあるモダニティこそ大切)と、近代性は常に意識しています。おじいちゃん、おばあちゃんのブランドではなく、常に私たちのブランドでないといけないんです」
お酒や葉巻とともに、バカラの魅力を味わえる世界初のバカラバー「B bar」を2003年オープン。東京、大阪に計3店舗を展開している。
「ドリンクが入って命を注がれたバカラを体験できる歓びの場です。ギフトだけでなく自家需要を育てたかったのと、何より私が葉巻を吸える場所がほしかった(笑)」
かねてより親しくしていた、フレンチシェフ田村良雄さんのレストランに通ううち、軽井沢に惹かれ2014年に家を建てた。新型コロナの影響のため、軽井沢で過ごす時間が増えたこともあり、予定より3〜4年早く町民に。庭いじりや、外で読書する時間が多いという。
「コロナで大変なときも、自然の中で草をむしっていられるなんて、こんな幸せはない。自然や四季、人の温かみ...、都会ではなかなか感じられないものが、軽井沢にはありますね」
1948年神奈川県生まれ。97年、仏政府から国家功労勲章シュバリエを受章。妻小川智子さんのソプラノリサイタルでは前座に登場し、巧みな話術で会場を盛り上げるのが恒例だ。「食べる」ことへのこだわりは強く「一食たりとも無駄にしたくない。お茶漬けであっても、極上の状態で味わいたいんです」と朗らかに笑った。